「方舟」63号が刊行されました
方舟63号刊行されました。以下のリンクよりダウンロード出来ます。(サイズが大きいので少々時間かかります)
『方舟』63号送付のご挨拶
「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」(イザヤ書2:4-5)。
厳寒の候、皆々様におかれましてはつつがなくおすごしのことと存じます。日頃、登戸学寮にお心をお留下さりありがとうございます。ここに一年の学寮の活動を報告すべく、『方舟』63号をお届いたします。若者たちの現在地点のご報告、黒崎賞講演など先輩方の諸活動のご報告、寄付者ご芳名、創立以来の役員情報(抜)および氏名一覧、聖書講義等を掲載しております。厚くなってしまいましたが、「新しい戦前」と呼ばれる時代の緊迫に免じておゆるしくださいますように。
若者たちはこの時代にあって社会のなかで自らの歩みを模索しています。情報社会の嵐の中、自らを内省する機会の少ない現代にあって、コスパ(cost performance)、タイパ(time performance)と呼ばれる自らの投資への短期的な見返りを求める風潮は黒崎先生の「日本の将来に憂うべき影響」を、南原繁先生の「精神の貧困」を表しているでもありましょう。
わたしどもは次の世代を若者に託すしかなく、やはり、ここでの喫緊の課題は魂の耕作(cultus animi)が問われているのだと思います。学寮創立の福音に立ち帰り、悔い改めによる魂の刷新を頂き真っすぐな道を歩みたいと存じます。罪赦されたことの証は、自らの涙でイエスの足を洗う女性に見いだされます。イエスは言います、「彼女の多くの罪は赦されてしまっている、というのも彼女は多く愛したからである」(ルカ福音書7:47)。信に基づく正義とその信義の「果実」(ピリピ書1:11)は愛しうることですので、自らの罪が「赦されてしまっている」ことの証は愛することに確認されます。「木はその果実によって知られる」。罪の赦しは神の前のことがら、神の専決行為ですが、この歴史におけるその証は愛しうることでありますなら、わたしどもは歯を食いしばって敵をも愛することでありましょう。
旧約の古い革袋を破るイエスの山上の説教は、その厳しい言葉を自らの信の従順による完遂故に、福音の革袋である信の律法のもとで愛の戒めに収斂、変換されています。わたしどもは「[業の]律法を離れて」(ローマ書3:21)、即ちモーセの古い革袋から解放されて、新約の革袋のなかで生命の泉に与ることでありましょう。時代が厳しくなるほど、この端的な生命の泉を渇き求めます。信義に基づき愛しうること、そこに生命の泉が湧いています。
2023年はいかなる日々となるか不透明です。戦争下、コロナ禍の国際、国内情勢は政治や経済の予測を困難なものにしております。そのなかにあっても、常に目覚め、前進してまいりたいと存じます。天来のきよらかな生命の息吹につつまれ、新しい日々お健やかに実り豊かにお過ごしになられますようお祈り申し上げます。
2023年1月31日
登戸学寮 寮長 千葉 惠